日曜日/人生・宗教

投稿日:2020年10月25日

「信じる」ということ

仏の教えを信じて行じるといいましたが、
それが大事だとわかっていても、
私たちはときおり心がぐらついて、教えの軌道を
外れ、自己中心の言動に走ってしまいます。

その原因は、教えを「信じて」というところに
あるかもしれません。
「信仰はただやみくもに信ずるというのではなく、
真理にめざめて信ずる」ことだといわれます。
つまり、ただ信じればいいのが信仰ではなくて、
諸行無常や諸法無我、縁起の教えといった
「真理(真実の道理)・仏法」を学んだら、
それに照らしてものごとを見たり考えたりする
という、「智慧」に根ざした生活を送ることが、
「仏の教えを信じる」ことであり、
「信仰」なのです。

ちなみに「信心」というのは、
私たち人間が仏と同じものを具えていることを
「信じる心」のことです。
ですから、仏を信じる、釈尊を信じるというのは、
人間そのものを信じ、まわりの人の仏性を素直に
信じることを意味します。

そのように考えると、
教えを信じて行じることの基本は、
いま目の前にいる人を信じて尊ぶことに尽きる、
といえるのではないでしょうか。

株式会社北陸通商
〒931-8321 富山県富山市犬島2丁目2-7
TEL:076-438-6021
FAX:076-438-6022

この記事を書いた人昭和43年12月22日生 (冬

カテゴリー 日曜日/人生・宗教

関連記事

現代社会における宗教の役割

現代社会における宗教の役割

第一に、 日常の生活に起こるさまざまな問題や欲求の 解決にあたって、本質的な問題解決の道を 教えるこ …

どう受け取るか

どう受け取るか

ものごとの受け取り方はさまざまです。 悲観的、否定的に受け取ることもできるし、 肯定的に感謝の心で受 …

善因は必ず善果に

善因は必ず善果に

善因は善果をもたらし、悪因は悪果を招くという 考え方をすべきです。 しかし、現在の世の中を見ていると …

採用情報  お問い合わせ